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老いってどうなるの?

■--老いってどうなるの?
>>>*** -- 2003/10/20-22:50..No.[29]
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老犬の介護も経験した事ないのですが、
どういう感じなんでしょうか?


老いというのは大変なものです。
我家は私が産まれる前から犬を常時複数の犬を抱える家で、
フィラリアの存在を知ってからは皆、20年近く生きました。
去年なくなった私の犬の鉄之助は中型犬ほどなくても
サイズの大きい柴犬。
私が仕事の問題もあって一緒に生活できなくなって
母が育てていました。

鉄之助は近所でも有名なほど優しい犬で犬嫌いの人も鉄之助は大丈夫と
言われたこともあります。
私は鉄之助ほど賢く、
人の気持ちを優しくする犬はいないと思っています。

16年頃から目が見えなくなり、少しずつボケが始まりました。
家の中で一緒に生活していましたが、
寝る時間がボケのせいでドンドン規則正しくなくなってきて、
一緒のベッドで寝る子でしたが、目が見えないので
家族も布団を敷いて寝るようになっていましたが、
夜中の徘徊が始まりました。
最初は足元で落ち着きなく、グルグルグルグルまわり続けていました。
そのうち、壁に向かって走り出し、
頭を大きくぶつけても先に進もうと壁に体当たりを続け、
母が毎晩、抱きしめて布団に戻し寝かしつけ、
しかし、母が寝ると起きだし壁に走り出し頭をぶつけ続け、
母がその音で起き、鉄之助を抱えて布団に戻るの繰り返し・・。
それが歩けなくなるまで毎日、毎日です・・。

そのうち、耳も聞こえなくなりました。
完全にボケてしまって夢の住人になっています。
耳が聞こえなくなると目も見えないのでどんどん不安になるのでしょう。
私の手でも母の手でも触れるものすべてに噛み付くようになりました。
それもボケの一つかもしれません。
最初噛んで優しい手だと気がつくと安心した顔になるので
私も母も血が出ても撫でたり、抱っこしたりしていました。

少しずつ、足が悪くなっていきます。
思う方向に歩けなくなっていきました。
父母が休みの日に庭でおしっこをする為に外に出していて、
ふと目を離すと鉄之助がいない。
門をいつも閉めているのだけど、歩かなくなっていた安心から
たまたま開けていて、家の前の川に鉄之助が落ちていて、
その時の母は自分の心臓が止まる思いだったそうです。

基本的に母が面倒をみましたが、父も頑張っていました。
18年がたつ頃には足が硬くなって自分でまげることが完全にできないので
立つこともできなくなり、立たせれば座ることができないので
横にズダンと倒れこむしかできなくなりました。
私は岡山から遠い大阪で仕事をしているので
毎日、仕事中の父と母が連絡を取り合って、
昼間、立たせる為に家に3時間ごとに帰って
立たせてあげておしっこをさせてあげていました。

その頃から、自分でおしっこの規制が効かなくなって、
オムツの日々です。
しかし、当時は犬用のオムツはなく、
かなりの工夫が必要で私もオムツカバーを作って送りましたが、
なかなかいい結果が出ず、母もいろいろ工夫錯誤して、長い間
おしっこ、うんちとの戦いになりました。

足が曲がらないのですべての足が伸びたままフセのようなポーズをとり
鼻も効かなくなっているので噛まれても
口にご飯の存在を教えてあげて食事をさせていました。
その内、飲み物が飲めなくなりました。
固形物はなんとかなるけど、水分が思うようにのどまで運べない様子です。
父と母が水や、少しでも栄養をとミルクなどをパンに浸して
頭を上にして水やミルクができるだけこぼれないようにして
そのたっぷり水分のしみこんだパンを口に入れると
鉄之助はうれしそうにその口を閉じて水分を体内に取り込むという
状態でした。

飲み物が飲めなくなってきてから10ヶ月たって、
私の誕生日の次の日に20年の長い旅から静かに亡くなりました。

当時、鉄之助の他にも一年、年下のジーナという
鉄之助よりも二回り小さな柴犬もいて、
この子は動きが悪くなる、目が見えなくなる耳が悪くなるくらいだったけど、
ボケはなかったので、ボケてしまった鉄之助を心配するように
いつも鉄之助のそばにいました。

ジーナは鉄之助が亡くなって安心したのか、
鉄之助が自分がつらかった分、
ジーナや父母にその思いをさせたくなかったから迎えに来て、
鉄之助が亡くなった49日目に19年で亡くなりました。

ボケの来る子、来ない子はそれぞれですが、
やはり、ボケを持つ犬を介護するのは大変なものです・・。
幸い、この2匹は年が近いのに一人しかボケが来なかったので
かなり生活は楽だったと思います。
もしも2匹ともボケが来てしまっていたら・・。
私の父母は確実に最期の時まで頑張ったと思いますが
とても口には出せない負担があったと思います・・。

「てっちゃんにとっては早く楽にしてあげたほうがいいのかも・・・」
何年も家族みんなで悩みました。
しかし、その決断はできませんでした。
大事な家族で、また、
てっちゃんからもらった幸せの恩返しをしたかったから
世話をするのが当たり前だと思っていた。
でも・・、てっちゃんはどっちが幸せだったのかなぁ?

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01 思案編 | コメント(1) | トラックバック(0)2006/06/11(日)13:54

コメント

もんもさん、初めまして。
最近、あなたのHPに運良く巡り会いかなり勉強させて頂いてます。
どの項目についてもお伝えしたい感想があるのですが、老いと死について書かれているページに投稿させていただこうと思いました。

私も今までの人生で家族は3頭見送りました。
うち1頭は鉄之助君と同じようにボケてしまい大変でした。
でも、本当に愛していたので睡眠不足もかまわずに介護を続ける事が出来ました。
その時のことを思いだして、今、涙が止まりません。

現在、結婚して新たに3頭のチワワと暮らしています。
私は子供が出来にくい体質のようですので、私たち夫婦にとっては大切な子供たちなんです。
男の子1頭と女の子2頭ですので繁殖も考えています。
ですが、ふと考えます。
今、いる子達も、繁殖をすれば残すであろう子達も、いずれ老い、死んでいきます。
その悲しみに耐えていけるのかどうか。。。
分かりきった事ではありましたが、改めて考えさせられました。

私は以前、動物病院で看護士として働いていました。
だから、、、と言う訳じゃありませんが、最後にあったもんもさんの疑問について私なりの意見です。

鉄之助君は最後まで幸せだったと思います。
命はまっとうすべきです。
生を受けて誕生した子達はその権利があると思います。
無理な延命は別として、その為の手助けをしてあげる事は家族の義務だと思います。
他の動物はよく分かりませんが、犬・猫(私が病院で触れ合った子達)は自分で生死を決めているような所が多々あったと思います。
ご両親ともんもさんの手助けを得て、懸命に生き続ける事が出来た鉄之助君はとても幸せだったと、私は思います。

長々とスイマセンでした。
またBBSにお邪魔させていただきます。
私は動物病院で勤めていましたが、チワワについては知らない事が沢山在ります。
出産や帝王切開についてや、病気については多少の知識はありますが、繁殖についてはこれまた知らない事ばかりです。
たくさん教えていただきたい事や、勉強させていただきたい事があるので、どうぞこれから宜しくお願いしますm(__)m

2006/06/11(日)13:55| URL | みぃみ #- [ 編集]

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ここには私の犬舎のホームページ内にあったチワワ研究所の内容をひとつのブログとしてまとめました。


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『こういう意見もあるんだ』という程度で見ていただき、ご自身で考え、ご判断下さい。

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